高専生のオカンのblog

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能登半島地震で集団避難を選択した中学生へ

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前回のブログにたくさんのスターを付けてくださりありがとうございます。

kosen-okan.hatenablog.com

言葉で表現できない程、嬉しく励まされました。

 

 

迷っていたけれど今1番心苦しく思っている事を書いてみたいと思います。

 

能登半島地震で集団避難を選択した中学生へ

 

そして子どもたちの背中を押したご家族、選択せず地元に残った子どもたちやそのご家族へ届けばいいなと思ってます。

 

ここからは当時のオカンの被災状況を書いていますが、伝えたいことは太字にしています。

被災された方々はフラッシュバックしたり、不安を煽る可能性があるので、決して読まずに太字部分のみ読んで下さい。

 

 

阪神・淡路大震災を経験した時、オカンは数日前に成人式をした19才の学生でした。

 

大阪の学校まで通い就職先の内定も決まり後は卒業試験を受けて必要単位を認定してもらうだけという時期に、一瞬にして全てを奪う地震が起こりました。

 

 

学校は地震直後から安否確認の電話を何度もくれたそうですが、当時はスマホなどなく携帯電話を持っている人も珍しい時代。

 

電話は自宅の固定電話か公衆電話しかありませんでした。

 

電話の復旧は比較的早かったのですが、固定電話は完全復旧されておらず混線も含め回線障害や回線規制(被災地は公衆電話回線が 最優先されます。皆さま覚えおいて下さい)があり、学校からの電話を受けることができませんでした。

 

自宅は幸い一部損壊の被害で済み、住むことができたので、自宅避難していましたが、地震が少ない関西地方、耐震対策などしておらず母の大きな婚礼箪笥も移動する程の地震で全ての物が投げ出され床一面覆われました。

 

観音開きだった食器棚は全ての食器が崩れ落ち辺り一面割れたガラスや陶器で歩く事も出来ない状態。

 

 

 

家屋は倒壊、道は寸断。

瓦礫の山となり高速道路は倒れJRや私鉄も駅が崩落したり線路の安全が確保できず交通手段を失い学校へ行ける状態ではありませんでした。

 

というか、実際は学校の存在なんてオカンを含め家族全員が忘れ去っていました。

 

 

 

「生きることに必死」まさにそんな状況でした。

 

地震から時が流れ、電話回線も安定した頃、学校から連絡を受け「生きていてくれて良かった!こんな時に申し訳ないけれど、最後の試験を受けに来れないか?試験を受けてくれないと単位認定できない。卒業できないと内定も取り消しになる。」と言われ自分が学生だった事を思い出し途方に暮れました。

 

 

その頃、少しづつ電車も区間運転を再開し、運休区間代替バスが走っていました。

 

 

とは言え、大阪市内に行くまでに恐ろしい程の時間がかかり毎日通える状況にあらず全ての試験を受ける為には大阪へ避難するしか選択肢はありませんでした。

 

 

学校の友達は皆「うちにおいで!」と言ってくれましたがオカンは、この状況下で居候させてもらうメンタルは残ってませんでした。

 

 

大阪市内のホテルは企業が借り上げ通勤困難者に提供しており滞在先にとても困りました。

 

 

そんな時、叔父の勤めていた会社が大阪に用意してくれた避難用ワンルームにおいでと言ってくれて、叔父と従弟が避難していたワンルームにお世話になることに。

 

 

皆の優しさで避難先も確保でき、最後の卒業試験を受けることができる。

 

 

怪我もなく命もあり学校へ行ける。

卒業する為の最後の試験を受け単位も取れる状態は本当に幸せなことです。

 

 

でも、オカンは心の中で泣きました。

 

 

家族と離れる不安。

 

 

そして、余震が続き日常生活を送る事も困難な家族と離れ自分だけ安全な場所へ避難して良いのか?

 

 

表現できない程、複雑な心境に葛藤しました。

 

 

なので、能登半島地震の中学生の集団避難のニュースを見た時、当時の気持ちを思い出し、まだまだ幼い中学生にそんな選択を・・・と涙が止まりませんでした。

 

 

大切な高校受験の為に皆が最善の選択ができるように考えてくれた事。

 

 

とても、幸せでありがたい選択肢だけど、まだ中学生の子どもたちはどれ程、心を痛めたか?想像に難くない。

 

 

今、オカンは親となり親の気持ちや想いも分かるようになりました。

 

 

でも、当時の気持ちは昨日の事のように思い出せます。

 

 

答えのない葛藤や不安、どんな選択をしても後ろめたく感じるかも知れません。

 

 

年齢は違えど、同じような経験をしたからこそ、そして29年の時を経たからこそ出せる言葉があるかも知れないと思い、おこがましいですが・・・書かせて下さい。

 

 

 

 

 

集団避難を選択した中学生とそのご家族の皆さま。

そして選択しなかった中学生とそのご家族の皆さま。

 

 

どちらの選択も正解だと思います。

 

 

非常時に不自由でも家族全員で居れる事。

困難を乗り越えるべく協力し支え合う事は素晴らしい事。

 

 

受験生は、とても大変だろうけど計画的に勉強し可能であればオンライン等を利用し、家族全員で支え合いながら体調に気を付けて希望の高校への合格を手にしてください。

 

あなたの笑顔が皆の希望になります。

 

 

 

 

 

集団避難を選択した中学生の皆さま、被災地とのキャップ、地震前と何ら変わりない日常生活を送る避難先に戸惑うかも知れません。

 

 

そして、避難したことを後ろめたく感じる時もあるでしょう。地震速報の通知を見る度にご家族を心配し不安になり泣いてしまう事もあると思います。

 

 

似たような経験をし大人になったオカンから伝えたい事があります。

 

 

 

自分だけ暖かい場所で寝食し入浴できる事に罪悪感を抱く事はしないで下さい。

 

 

 

あなたはご家族の希望です。

 

 

 

寂しさや不安の中で、被災地の家族と同じように難局を乗り越えようとしていることをご家族は知っています。

 

 

 

どうか、一時でも地震の恐怖を忘れ仲間と笑顔の時間を過ごし、受験に向けてコツコツ勉強して下さい。

 

 

 

あなたが元気に過ごし受験勉強を頑張っている様子はご家族の希望となります。

 

 

 

あなたは、あなたのできることで、ご家族にエールを送れます。

 

 

 

あなたができる事は、コツコツ勉強を続けること。そして笑顔で「ありがとう」と伝える事かも知れません。

 

 

 

でも、泣きたい時は泣いて下さい。

その涙はきっとあなたを癒し強くしてくれます。

 

 

 

決して答えのない葛藤の答え合わせをせず、自信を持って前進して下さい。

 

 

そして希望の高校への合格を手にして下さい。

 

 

 

 

 

送り出したご家族の皆さま、不安でしょうし寂しいでしょうが子どもたちは、きっと大丈夫。子どもに見えても大人と同じようにいろいろ考え、行動でき、そして友と共に不慣れな環境に少しづつ慣れていきます。

 

地震前と同じようにインフラ整備が整った良い環境で安全に過ごしています。そして、そこでは同じ避難生活をする友と励まし合いながら笑顔で頑張っていけます。

 

離れたからこそ強くなる絆があります。

 

 

きっとお互いに電話やLINEで泣き出してしまう時もあるかも知れないですが、涙した度に強くなります。涙には癒しの効果があり涙した後は、ともに頑張ろうと思えます。

 

 

 

送り出したご自分達をそして避難した子どもたちを誇りに思って下さい。

 

 

 

それぞれの選択は正解です。

 

 

 

それぞれの思いやりの気持ちが大きな笑顔になりますように。

 

 

 

 

 

 

 

阪神・淡路大震災があった年、多くの学校で卒業式も入試も執り行われました。

 

住所地と違う校区での受験も認められ、交通の悪さを乗り越えての入試でした。

 

 

余震の影響を考え、屋外や仮設校舎で行われた所もありました。

 

 

3月下旬には、春の甲子園大会も予定通り行われ町の復興状況は抜きに、被災者の希望となるよう、年中行事の大切な部分は最優先で敢行されました。

 

 

子どもたちの笑顔を守るのは大人の使命であり希望です。

 

 

 

この長いブログを最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。

 

 

 

今、私にもできることがないか?と感じて下さった方がいらっしゃるなら、こんな支援もあります。↓↓↓

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↑↑↑義援金は無理でも、こちらを皆さまのブログで拡散して下さるだけでも支援につながります。

 

 

阪神・淡路大震災で復興への光になったのは子どもたちの笑顔を守ること、年中行事を何をおいても優先させたことだったと思います。

 

災害禍では学びは贅沢な事だと思います。

でも学びを止めない!子どもたちの笑顔を守る!と自分の事よりも子どもたちの学びを守る為に強い覚悟をもって尽力された方々が居てくれたから、全国からの支援があったから頑張れ復興への光となりました。

 

今、石川県でも同じように全力で覚悟を持ってご尽力されている先生方がいらっしゃいます。被災地でご尽力されている先生方に敬意を表するとともに微力ながらオカンにもできる事を。と思っています。

 

 

 

ご存知ない方も居られるでしょうが、日本各地で行われている募金活動の義援金は全額被災者の為に使われているとは限りません。

どこに、どんな支援として活用されたのかも分からない事の方が多いです。

 

なので、私達は義援金がどのように被災者に支援しているのかを知り、応援することが大切だとオカンは思います。

 

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お忙しいでしょうが、こちら↑↑↑を見て頂きたいです。

 

 

そして、ランチ1回もしくはカフェ2回行く事を我慢し子どもたちの笑顔を守る一助となる応援の仕方もあると思います。

 

 

 

 


それでは、皆さまの今日が佳き日になりますように ꕤ ̖́-                         

             ஐ‬_,⋆* See you ஐ‬_,⋆*